2009年07月04日

狭義で言えば宋明理学に対する伝統的な経学

漢学(かんがく)とは、狭義で言えば宋明理学に対する伝統的な経学及び清代の考証学の事を指し、広義では洋学・国学に対する中国伝来の学問の総称。ここでは広義の漢学について解説する。

江戸時代中期以前においては、外国の優れた学術は漢籍の形で中国から入ってくるのが一般的であったため、外来の学術研究は全て「漢学」と考えられてきた。ところが、ヨーロッパの書籍から直接知識を得ようとする洋学(蘭学)が出現するようになると、従来の学問(日本固有の学術及び中国伝来の学術)はこれと区別する意味で「皇漢学(こうかんがく)」と称されるようになる。ところが本居宣長など国学や神道を研究する人々は漢学(からまなび)こそ古来日本以来の精神を毒しているとこれを排する動きが強まり、「皇漢学」という呼び名も次第に廃れて国学と漢学は分離されるようになった。
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明治時代以後になると古い儒学系統の学問は衰微して、代わって西洋の学問研究を取り入れた「支那学」として再構築されるようになる。ところが支那学形成の中心が京都帝国大学であった事からこれに反発する東京帝国大学関係者や古来日本が文明を取り入れた中国と当時の列強による半植民地状態の中国を意図的に分離を図る国粋主義者の中には依然として「漢学」という呼称を用いる者があった。

戦後、「支那」という呼称を宜しきとしない風潮によって支那学も漢学も一括して「中国学」と呼称されるようになる。なお、現代でも近代以前の中国文学を専門として研究する場合には、「漢文学」という呼称が用いられるのが一般的である。

2009年06月14日

ゼオライト(zeolite)とは、結晶中に微細孔を

ゼオライト(zeolite)とは、結晶中に微細孔を持つアルミノ珪酸塩の総称である。和名は沸石(ふっせき)[1]。もとは天然に産出する鉱物であり、内部に水が含まれているため加熱すると沸騰しているように見えることから、ギリシャ語のzeo(沸騰する)とlithos(石)を合わせてzeoliteと名付けられた。

分子ふるい、イオン交換材、触媒、吸着材として利用されている。現在ではさまざまな性質を持つゼオライトが人工的に合成されており、工業的にも重要な物質となっている。

天然に産する沸石は溶岩と水の相互作用により生じ、主に温泉地帯から産出する。枕状溶岩や深海中、そして火山灰の地層と地下水との接触によっても生じる。

1997年、国際鉱物学連合(IMA)の小委員会により、以下のように整理された。
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amicite
K4Na4[Al8Si8O32]・10H2O、単斜晶系。
アンモニウム白榴石(ammonioleucite)
(NH4)[AlSi2O6]、正方晶系。
方沸石(analcime)
Na[AlSi2O6]・H2O、等軸晶系・正方晶系・斜方晶系・単斜晶系・三斜晶系。
バレル沸石(barrerite)
Na2[Al2Si7O18]・6H2O、斜方晶系。
bellbergite
(K,Ba,Sr)2Sr2Ca2(Ca,Na)4[Al18Si18O72]・30H2O、六方晶系。
bikitaite
Li[AlSi2O6]・H2O、単斜晶系・三斜晶系。
boggsite
Ca8Na3[Al19Si77O192]・70H2O、斜方晶系。
brewsterite(系列名)

(Sr,Ba)2[Al4Si12O32]・10H2O、単斜晶系・三斜晶系。
brewsterite-Sr
brewsterite-Ba
菱沸石(chabazite)(系列名)

(Ca0.5,Na,K)4[Al4Si8O24]・12H2O、三方晶系・三斜晶系。
灰菱沸石(chabazite-Ca)
ソーダ菱沸石(chabazite-Na)
カリ菱沸石(chabazite-K)
chiavennite
CaMn[Be2Si5O13(OH)2]・2H2O、斜方晶系。
斜プチロル沸石(clinoptilolite)(系列名)

(Na,K,Ca0.5,Sr0.5,Ba0.5,Mg0.5)6[Al6Si30O72]・?20H2O、単斜晶系。
カリ斜プチロル沸石(clinoptilolite-K)
ソーダ斜プチロル沸石(clinoptilolite-Na)
灰斜プチロル沸石(clinoptilolite-Ca)
コウルス沸石(cowlesite)
Ca[Al2Si3O10]・5.3H2O、斜方晶系。
ダキアルディ沸石(dachiardite)(系列名)

(Ca0.5,Na,K)4-5[Al4-5Si20-19O48]・13H2O、単斜晶系。
灰ダキアルディ沸石(dachiardite-Ca)
ソーダダキアルディ沸石(dachiardite-Na)
エディントン沸石(edingtonite)
Ba[Al2Si3O10]・4H2O、斜方晶系・正方晶系。
剥沸石(epistilbite)
(Ca,Na2)[Al2Si4O12]・4H2O、単斜晶系・三斜晶系。
エリオン沸石(erionite)(系列名)

K2(Na,Ca0.5)8[Al10Si26O72]・30H2O、六方晶系。
ソーダエリオン沸石(erionite-Na)
カリエリオン沸石(erionite-K)
灰エリオン沸石(erionite-Ca)
faujasite(系列名)

(Na,Ca0.5,Mg0.5,K)x[AlxSi12-xO24]・16H2O、等軸晶系。
faujasite-Na
faujasite-Ca
faujasite-Mg
フェリエ沸石(ferrierite)(系列名)

(K,Na,Mg0.5,Ca0.5)6[Al6Si30O72]・18H2O、斜方晶系・単斜晶系。
苦土フェリエ沸石(ferrierite-Mg)
カリフェリエ沸石(ferrierite-K)
ソーダフェリエ沸石(ferrierite-Na)
ガロン沸石(garronite)
NaCa2.5[Al6Si10O32]・14H2O、正方晶系・斜方晶系。
gaultite
Na4[Zn2Si7O18]・5H2O、斜方晶系。
ギスモンド沸石(gismondine)
Ca[Al2Si2O8]・4.5H2O、単斜晶系。
グメリン沸石(gmelinite)(系列名)

(Na2,Ca,K2)4[Al8Si16O48]・22H2O、六方晶系。
ソーダグメリン沸石(gmelinite-Na)
灰グメリン沸石(gmelinite-Ca)
カリグメリン沸石(gmelinite-K)
ゴビンス沸石(gobbinsite)
Na5[Al5Si11O32]・12H2O、斜方晶系。
ゴナルド沸石(gonnardite)
(Na,Ca)6-8[(Al,Si)20O40]・12H2O、正方晶系。
goosecreekite
Ca[Al2Si6O16]・5H2O、単斜晶系。
gottardiite
Na3Mg3Ca5[Al19Si117O272]・93H2O、斜方晶系。
重土十字沸石(harmotome)
(Ba0.5,Ca0.5,K,Na)5[Al5Si11O32]・12H2O、単斜晶系。
輝沸石(heulandite)(系列名)


2009年05月29日

8代将軍となった徳川吉宗は

紀州徳川家の出身であり、それまで幕政を主導してきた譜代大名に対して遠慮することなく、大胆に政治改革をおこなった(享保の改革)。吉宗が最も心をくだいたのは米価の安定であった。貨幣経済の進展にともない、諸物価の基準であった米価は下落を続け(米価安の諸色高)、それを俸禄の単位としていた旗本・御家人の困窮が顕著なものとなったからである。そのため彼は倹約令で消費を抑える一方、新田開発による米の増産、定免法採用による収入の安定、上米令、堂島米会所の公認などをおこなった。「米将軍」と称されたゆえんである。それ以外にも、財政支出を抑えながら有為な人材を登用する足高制、漢訳洋書禁輸の緩和や甘藷栽培の奨励、目安箱の設置その他の改革をおこなった。幕府財政は一部で健全化し、1744年(延享元年)には江戸時代を通じて最高の税収となったが、年貢税率の固定化やゆきすぎた倹約により百姓・町民からの不満を招き、折からの享保の大飢饉もあって、百姓一揆や打ちこわしが頻発した。このように、土地資本を基盤とする反面、土地所有者ではない支配者層という独自な立場に立たされた武士の生活の安定と、安定成長政策とは必ずしも上手く融合できずに、金融引き締め的な経済圧迫政策がを打ち出されて不況が慢性化した。

なお、「朱子学は憶測にもとづく虚妄の説にすぎない」と朱子学批判をおこなった荻生徂徠が1726年(享保11年)頃に吉宗に提出した政治改革論『政談』には、徂徠の政治思想が具体的に示されており、これは日本思想史のなかで政治と宗教道徳の分離を推し進める画期的な著作でもあり、こののち経世論が本格化する。一方、1724年(享保9年)には大坂の豪商が朱子学を中心に儒学を学ぶ懐徳堂を設立して、後に幕府官許の学問所として明治初年まで続いている。1730年(享保15年)、石田梅岩は日本独自の道徳哲学心学(石門心学)を唱えた。享保年間は、このように、学問・思想の上でも新しい展開のみられた時代でもあった。
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幕府財政は、享保の改革での年貢増徴策によって年貢収入は増加したが、宝暦年間(1751年 - 1763年)には頭打ちとなり、再び行き詰まりをみせた。これを打開するため、発展してきた商品生産・流通に新たな財源を見出し、さらに大規模な新田開発と蝦夷地開発を試みたのが田沼意次であった。

田沼は、それまでの農業依存体質を改め、重商主義政策を実行に移した。商品生産・流通を掌握し、物価を引き下げるため手工業者の仲間組織を株仲間として公認、奨励して、そこに運上・冥加などを課税した。銅座・朝鮮人参座・真鍮座などの座を設け、専売制を実施した。町人資本による印旛沼・手賀沼の干拓事業、さらに長崎貿易を推奨し、特に俵物など輸出商品の開発を通じて金銀の流出を抑えようとした。また、蘭学を奨励し、工藤平助らの提案によって最上徳内を蝦夷地に派遣し、新田開発や鉱山開発さらにアイヌを通じた対ロシア交易の可能性を調査させた。

これらは、当時としてはきわめて先進的な内容を含む現実的、合理的な政策であったが、賄賂政治を批判され、天明の大飢饉とも重なって百姓一揆や打ちこわしが激発して失脚した。18世紀は北半球が寒冷化した小氷期の時代でもあったため、これが飢饉に拍車をかけたのである。

2009年04月25日

タタールのくびき

13世紀、ルーシは東西の勢力による厳しい挑戦を受けることとなった。まず世紀初頭に未だキリスト教以前の異教の信仰にとどまっていたバルト海沿岸地域に、ドイツ騎士団を中心とするカトリック教徒のドイツ人が北方十字軍・東方殖民の活動を開始し、正教徒であるルーシの人々との衝突が起こるようになった。ドイツ人の侵攻は1240年と1242年の二度にわたりノヴゴロド公のアレクサンドル・ネフスキーによって阻まれ、その東進はエストニアで留まって北ルーシへのカトリックの侵攻は頓挫する。

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しかし、ルーシにとってドイツ人よりはるかに大きな影響を及ぼしたのは東から征服活動を展開したモンゴル帝国であった。モンゴル帝国の先遣隊は既に初代皇帝チンギス・カンの治世の1223年、ホラズム遠征の一環としてルーシにまであらわれ、南ルーシ諸公と南ロシア草原の遊牧民キプチャクからなる連合軍を破っていた。このときの遠征は中央アジアを標的としたものでキプチャク草原やロシア方面の占領を目的とした遠征ではなく、モンゴル軍はすぐに東に帰ったが、第二代皇帝オゴデイの治世に至ってキプチャク草原方面の征服を企図した西方遠征が行われた。1236年、チンギス・カンの孫(チンギスの長男ジョチの次男)バトゥを総司令官とする大規模な西方遠征軍が派遣される。まずヴォルガ川中流域のヴォルガ・ブルガールを征服したバトゥの征西軍は続いてルーシへと侵攻し、1237年から1238年にかけてリャザン、ウラジーミル、トヴェリを次々と占領して北東ルーシを征服、さらに1239年から1240年にかけて南ルーシに転進し、キエフ・ルーシの都キエフを攻略し、多くの町村を荒らした。モンゴル軍の征服は北西に遠く離れたノヴゴロドを除くほとんど全ルーシに及ぶ。バトゥはポーランド、ハンガリーを荒らしたところで大ハーン、オゴデイの死去の報を得てカスピ海北岸まで引き返し、ここにバトゥを家長とするジョチ家の所領はカザフ草原から黒海沿岸低地にいたる広大なキプチャク草原にまで拡大した。ジョチ家の所領(ジョチ・ウルス)はこの後次第に緩やかな連邦に傾斜していく帝国内での自立性を強めたため、キプチャク・ハン国とも呼ばれる。ここにノヴゴロドを含む全ルーシはモンゴル帝国の支配下に組み込まれた。

キプチャク・ハン国は、ルーシに対しては間接統治をもって望み、決まった税金をサライに納めることや戦時に従軍することを義務付けたのみであった。しかし、諸公の任免の最高決定権はハンの手に握られていたから、主に領土の相続を巡って相互に敵対する諸公たちは頻繁に税金を携えてサライに赴いたり、敵対する諸公との争いで不利な裁定をされたりしないように宮廷や実力者への付け届けを余儀なくされた。納税や従軍の義務を怠れば懲罰として大軍の侵攻を受け、たちまち権力を喪失する運命であった。キプチャク・ハン国のルーシ支配は、このような状況を指して「タタールのくびき」と言われる。

このようにハンによって厳重に首枷をはめられたルーシ諸公の中から、モンゴルとの関係をうまく立ち回って権力を得たのが、モンゴルによってウラジーミル大公に任命され北東ルーシの支配者となった元ノヴゴロド公アレクサンドル・ネフスキーや、北東ルーシの諸公国に分封されたその子孫である。アレクサンドル・ネフスキーの孫でキエフ・ルーシの時代には名前も知られていなかった北東ルーシの小都市モスクワを与えられたイヴァン1世は、キプチャク・ハン国の第10代君主であるウズベク・ハンの力を借りてウラジーミル大公位を巡って対立するトヴェーリ公を追放させ、14世紀前半にウラジーミル大公位を獲得することに成功する。歴代のモスクワ公はウラジーミル大公をほとんど独占するようになり、モスクワ大公の称号で呼ばれるようになった。1326年、モスクワ大公は、全ルーシの最高位聖職者で当時はウラジーミルにいたキエフ府主教をモスクワに迎え入れ、モスクワをキエフにかわるルーシの宗教的・政治的な中心地に定める。

2009年04月08日

パンク・ロック

パンク・ロック (Punk Rock) は、1970年代中頃に生まれたロックのスタイルの一つ。パンクと略称されることが多い。1977年、イギリスのロンドンで爆発的に流行した。はじめは左翼的なメッセージを歌うバンドが多かったが(ザ・クラッシュなど)、その後は右翼的なバンドや政治に無関心なバンドが多くなり、全体としての政治色は弱まった。

ビートルズ以降、さまざまなミュージシャン、アーティストたちによりロックは高度に洗練化し、難解で堅苦しいものになっていた。パンクは、こうした状況に対する不満から生まれた。ニューヨークのボヘミアン的なロック・シーンに産声を上げ、それがロンドンに飛び火して爆発した。ロンドン・パンクは商業的な成功をおさめただけでなく、ファッション・思想ジャンルにも大きな影響を与えた。

パンク・ロックは、1960年代以前のニューヨーク・アンダーグラウンドのガレージ・ロック(ニューヨーク・パンク、オリジナル・パンク)を起源とする。ただし一般的な認知を得たのは、その後の1977年のロンドン・パンクの爆発以降である。

各国での認知の差異 [編集]
ひと口に「パンク・ロック」と言っても、その認識は各国によって異なる。起源であるアメリカにおいては、単なる「若者たちの音楽」という以上に、「メインストリームに対抗する、実験的な、アンダーグラウンドの音楽」という性格が強かった。フガジ、マイナー・スレットなどのハードコアパンクや、R.E.M.・ソニックユースなどのオルタナティブ・ロックのバンドは、この流れの中から生まれた(ニルヴァーナのカート・コバーンなどがメインストリームのヘヴィメタルを毛嫌いしパンクを崇拝していたのも、このような背景があってのことである)。1990年代のグランジの爆発的ブームによりパンクはメインストリームに浮上し、ポップパンクというジャンルが生まれた。その後、アメリカでは「パンク」は旧来のハードコアパンクと、メインストリームのポップパンクの2極として認知されるようになった。

イギリス・欧州においては、パンクは「若者たちの反抗と怒りの音楽」として認知され、ブームのあとはポストパンク/ニュー・ウェイヴがその精神を継ぐことになる。パンクに内在していた実験的・アンダーグラウンド的な性格は、ニュー・ウェイヴのオルタナティヴ系のバンド(スロッビング・グリッスル、ディス・ヒート、ワイヤーら)によって展開された。

日本のパンクにおいては、その起源となるバンド達は1960~80年代のアメリカのハードコアパンク・オリジナルパンクを参照し、それらに近い音楽性を持ったバンドが多かった。しかし、国民的に「パンク・ロック」の認知度が高まったのは、ロンドンパンク的な音楽性を軸にしたコマーシャルなバンド群が1980年代に登場してからとなる。その後1990年代以降は、アメリカのポップ・パンクムーブメントをそのまま受け、そのような分かりやすいパンクを奏でるバンドが日本においても数多く登場し、人気を得た。これらから、日本においてはパンクのイメージは他国とやや違い、「音楽的実験性・精神的主張性に富む」という側面は切り捨てられ、コマーシャルな売れ線のロックとしてのイメージ認知度が高くなっている。アジア全域でもこの傾向は強い。

音楽的特徴 [編集]
スリーコード中心のシンプルかつハイテンポな曲調を基本とし、テクニックよりも勢いを重視するのが、いわゆるロンドンパンクを中心とした「ステレオタイプのパンクロック」の音楽的特徴。これはパンク以前にイギリスでムーブメントを起こしていたグラムロックを受け継いでいる部分が大きい。また、これらはブルース・ロックやロックンロール、オールディーズ、70年代までのハードロックなどといったパンク以前のポピュラーミュージックと違い、ブルースからの影響が全く感じられないのが最大の特徴。

オリジナル・パンクのボーカルスタイルは無気力でルーズな唱法が主流。これはセックス・ピストルズのジョニー・ロットンの影響が大きい。激しいシャウトやダミ声は、主にハードコア・パンク以降のものであって、当初パンク・ロックには見受けられなかった。

スチック プロパ セッター スロープ サブセ ソンソ キラウエ くるくる デイユース ニクロム ルーガル ドードー トリコロ マリン ハイチ キュー ナビユー ワンダラー カバレ ファイト さやえん カスミソウ グラフ ラードツ リング シンプル パイロー サイン ワーク ワイヤ スペルラ ファイラー スペアイト ナビドウ クトリン スープ ドット スイート 弥生姫 クレド タフネス ダーク フレーバ アッラー フロー リキッド クチュリ フォア ザンス ファイブ

2009年03月24日

会津鉄道キハ8500系気動車

キハ8500系気動車(キハ8500けいきどうしゃ)は、会津鉄道の気動車。

名古屋鉄道時代 [編集]
1991年(平成3年)3月16日、名鉄が乗り入れていた東海旅客鉄道(JR東海)高山本線で運行していたエル特急「ひだ」に使用されているキハ85系との車両格差を是正することと、当時運行していた特急「北アルプス」で従来から使用していたキハ8000系が老朽化し走行性能も大幅に劣るため、キハ85系と性能を揃えて製造された車両である。また、特急「北アルプス」の間合い運用で、名鉄線内(名古屋本線・常滑線)の特急としても使用されていた。

また、同時に行われたJRのダイヤ改正では春秋の多客期を中心に「ひだ」の臨時列車を併結するダイヤが設定され、閑散期は「北アルプス」の単独運行が行われていたが、1999年頃より、常時定期列車に併結されるダイヤとなった。

名鉄では「北アルプス」を最上級の列車として扱い、この列車に限っては回数券や定期券など、多少でも割引されたきっぷは使用(乗車)できなかった。詳細については「名鉄特急」にある記事も参照。

会津鉄道への移籍及び経過 [編集]
名鉄は、2001年(平成13年)9月30日をもって、利用客の減少、特急「ひだ」や高速バス等の代替交通機関があることなどを理由として特急「北アルプス」の運行を廃止した(代替として名古屋⇔高山の高速バスを1本増発した)。そのためキハ8500系は使用目的がなくなり、しばらくは須ヶ口駅に隣接する新川検車区に止められていたが、製造から約10年と比較的新しい事もあって、同年12月に会津鉄道が購入することになり、12月22日から24日にかけて会津鉄道へ甲種輸送された。会津鉄道への移籍に伴う大きな改造は行われておらず、名鉄の伝統である大窓や折り戸ドア、塗装や外観・内装、名鉄独特の警笛など名鉄時代からほとんど変わっていない。塗装に関しては、当初は塗り替える予定だったが「北アルプス号の塗装のままにしてほしい」という要望が名鉄沿線住民からかなり寄せられた(譲渡当時の中日新聞記事より)ため塗り替えを取りやめている。

一般公募で決まった“AIZUマウントエクスプレス”の愛称を与え、2002年(平成14年)3月23日から同社会津線で浅草駅発着の東武直通急行「南会津」と連絡する会津若松駅?会津田島駅間の快速列車に充当される。名鉄時代と異なり、ミューチケットのような特別車両券、特別急行券を一切必要としない。

なお、「AIZUマウントエクスプレス」は会津鉄道でのキハ8500系の愛称(列車名ではない)であるため、会津田島駅?会津高原駅(現・会津高原尾瀬口駅)間の普通列車としても使用される。また、2003年(平成15年)10月1日より東日本旅客鉄道(JR東日本)磐越西線喜多方駅まで乗り入れを開始した。そのため、名鉄では本来の用途であった私鉄⇔JR線の直通運転は会津鉄道への移籍後も継続している。

2005年(平成17年)3月1日より、急行「南会津」が廃止になったことにより、野岩鉄道会津鬼怒川線を経由して東武鬼怒川線鬼怒川温泉駅まで乗り入れを行い、浅草駅発着の特急「きぬ」、連絡する快速列車及び新宿駅発着のJR直通特急(スペーシア)「きぬがわ」に接続する快速列車に使用される。

車両の概要 [編集]
1991年に、貫通形先頭車4両(8501?8504)と中間車1両(8555)の5両が日本車輌製造にて製造された。「ひだ」で運用されるキハ85系の最高速度120km/hと同等の走行性能を有するために、イギリス・カミンズ社製のエンジン「NTA855-R1」を搭載している。しかし、名古屋鉄道の車両限界がJRのそれより小さいことから、車体断面はキハ85系の幅を狭めた形で、車両側面は名鉄の1000系「パノラマsuper」と同形状の大型窓(天地寸法は1000系より5cm大きい95cm)とし、側窓高さを座席肘掛け高さに合わせ、下方の視野をよくしている。キハ85系と同等のドア位置を保つため、車端部分に2箇所片開き折り戸ドアを有している。また、8501と8502はキハ85系との併結に対応するため、運転台側の貫通路の高さと連結器の長さをキハ85系に合わせている。客室は1000系よりも大型のリクライニングシートを備え、天井は間接照明としている。長さの最大寸法はキハ8500形が21.415m、キハ8550形が21.53mで、名鉄では歴代最長の車両であった。車体幅は狭いとはいえ、キハ8000系と異なり2,740mmと名鉄の限界ほぼ一杯に取っていた。車内放送のチャイムはJR東海のキハ85系のものと同じものが設置されている。名鉄時代は「北アルプス」として運行するときに使っていた(間合い運用で特急に使用されたときでも、始発駅出発直後に鳴らされていたことがある)。会津鉄道に移籍してからも時々鳴らされることがある。

会津鉄道では2両編成2本として使用し、中間車の1両(8555)は使われずに会津下郷駅に留置されていたが、喜多方乗り入れに伴い、多客時には増結車として使用されるようになった。

しかし鉄道ジャーナル2007年11月号によると、中間車の1両(8555)は、2007年3月31日付けで廃車された。

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2009年03月09日

ウェスレーの四辺形

ウェスレーの四辺形(ウェスレーのしへんけい、Wesleyan Quadrilateral)とは、イングランド国教会の司祭であったジョン・ウェスレーの神学的方法論である。この用語は、20世紀のアメリカのメソジストであるアルバート・C・アウトラーによって作られた[1]。

ウェスレー研究を通じて、アウトラーは、ウェスレーはイングランド国教会が示した「聖書」「伝統」「理性」に「経験」を加えた4つを神学的な判断基準としていたと理論化した。ただし、ウェスレーはこれら4つを同列に並べたのではなく、神の言葉である「聖書」こそが至高の基準、唯一の権威であり、他の「伝統」「理性」「経験」は、聖書の教えを支持するためのしもべとしての役割を果たしていると考えていた。それゆえ、「ウェスレーの四辺形」という表現より、「聖書」を頂点に他の3つの支点を持つ三角錐のイメージとして捉え「ウェスレーの三角錐」としたほうがより妥当であるとする意見もある[要出典]。
マニャック フォーク 苺姫 夕べの鐘 オロシ メイド セル チウム スケート オカラヌス ジャグ スマイル 平安夢 リッジ ブング トランプ クション カセット スピリ ラフォーン シーダ トリプル ビロード ウエルト リング ネゲブ あかぼり ピグミー ラッフル シンカー リスク だいふく マシン バルク フリスビー キエフ ミルミル マルキ タッチ セグメント ネブラス セニョー ハマス とりゅふ アップ リヤス ラピス べにかば メモ スキーデ

聖書 (Scripture)
ジョン・ウェスレーは、馬上でも本を手放さなかったと言われる読書家だった。しかし、ウェスレーは「一書の人」として、聖書に生き、聖書を解き明かした。「聖書」は神のことばであって、信仰と実践の唯一の規範だったからである。ウェスレーの説教は、聖書からの引用に満ちていることで知られている。
伝統 (Tradition)
ウェスレーは、イングランド国教会伝統に縛られることなく、信徒伝道者の起用、祈祷書を使わない即時の祈り、野外説教などを始めたが、伝統に凝縮された先人の知恵も重要視している。これは、彼の聖書註解を見ると、その内容の多くにヨハン・アルブレヒト・ベンゲルのグノーモン新約聖書註解を利用していることからも、そのことは明らかである
理性 (Reason)
ウェスレーにとって「信仰」と「理性」は決して対立するものではなかった。ウェスレーにとっては、理性的でないキリスト教信仰は考えられなかった。しかしながら、ウェスレーが意味する「理性」とは、自立した神なき啓蒙主義の理性ではなく、神によって与えられた賜物としての理性であった。それゆえ、理性は、聖書、すなわち神のことばを理解するために用いられるべきであって、それは主人としてではなく、しもべとして機能しなければならないと主張した。
経験 (Experience)
経験はイングランド国教会にはなかったウェスレーによって採用された新しい基準である。ウェスレーは、経験を重要視する点において、経験こそは真理を認識する根拠であるとするイギリス経験主義の感化を受けていると言われている。ウェスレーは教理を逐一経験と照合して、その真理性を確認する必要を主張した。『キリスト者の完全』の教えを強く宣べ伝えたのも、それを経験したメソジストの多くの信仰者がいたからこそであると言える。

2009年02月20日

ゼントラーディ軍の艦艇

ゼントラーディ軍の使用艦艇は、その全てが銀河帝国時代にプロトカルチャーによって設計され、建造が開始されたものである。 プロトカルチャーの歴史は、地球の暦で言う紀元前500,000年頃に始まり、その約3000年後に銀河帝国が分裂、それぞれがゼントラーディ軍と監察軍を使って戦ったが、さらに約2,2000年後に巨人兵士たちを残してプロトカルチャーは全滅した。 しかしそれにより艦艇の供給が途絶えることはなく、全自動兵器廠において延々と建造が続けられている。
リーゼント ミニスト 検索うり きえいよこ マンテ コニャック デュレ ピッコロ サイレン ブリストル カレワラ タワー国内 システ はけご フィット 砂時計 ドレート シェフレラ リラキ 純潔 プランナ モダニスト オフサイド サステナ チリソース フクシア ブルー タグボ ゴスペル ラシャ テキント ファロス うばざくら パンドラ エレガ チャネリ オート 紅梅 チキク イオ次 ブラック ドアチェーン パドル ローラシ かいこう 亀王 クロノ タックル マンス インワン

人類の約5倍サイズのゼントラーディ兵が乗艦するため、地球人の基準からすると非常に巨大な艦が多い。ゼントラーディ軍では、宇宙や重力圏内を航行可能で、フォールド航行可能なものは全て艦(シップ)または艇(ボート)に分類され、それ以外の機動兵器(ポッド)とは区別される。またゼントラーディ人には機械の修理という概念が無いため、その多くは極めて耐久性に優れ、多少の故障や損傷をものともせす運用を続けることができる。

艦種
1400km級 超巨大母艦(Fulbtzs-Berrentzs)
基幹艦隊を統率する司令官の乗艦で、軍艦というより移動宇宙要塞に近い。TVシリーズに登場したのはボドル基幹艦隊を指揮するフルブス・バレンス42101(IV II X I)であるが、同クラスの艦はゼントラーディ軍全体では1000や2000ではきかない程の数が配備されており、さらにより大型の艦も存在するという。
4000m級 中型艦隊指揮用戦艦(Nupetiet-Vergnitzs)
分岐艦隊を指揮する比較的大型の戦艦。銀河帝国の分裂戦争の初期、兵器開発競争の最盛期に登場したクラスで、極めて高い実用性と頑強さを評価されている。冗長性のある設計によりダメージに強く、また艦齢の長いものが多く、実に150,000周期を超えて運用中のものまで存在する。
劇中に登場するのは第67グリマル級分岐艦隊旗艦ノプティ・バガニス5631(V VI III I)、通称「ブリタイ艦」、艦齢57,000周期の「働き盛り」である。マクロスのダイダロス・アタックにより艦首に大穴が空けられて以降も問題なく運用され続けるなど、同クラス特有の頑強さをみせつけた。
対基幹艦隊戦においてフルブス・バレンスの爆発に巻き込まれて小破、地表に墜落したが、損傷が極めて軽微であったことから、修復され新統合宇宙軍一番艦として就役。マクロスに代わって新統合軍指揮下で地球防衛の要となる。文化を取り戻したことで修理や改装が可能となり、バルキリーの運用能力も追加された。艦内においてもマイクローンサイズの人間が同時に運用できるよう、コンパーメントルームの追加や、メインブリッジ周辺に改装が施された。この時、前述の艦首の大穴も修復されている。
ブリタイ艦以外の同型艦も多数新統合軍に所属、宇宙移民船団の護衛艦隊の主戦力としても活躍しており、『超時空要塞マクロス Flash Back 2012』において、地球を発進するメガロード-01に随伴するノプティ・バガニス級が映像で確認できる。
全長:約4000m
運用慣性重量:170,000,000t
動力系:ウォーケル・カタフィルラ ヒートパイル機関クラスター
重力制御系:ウォーケル・カタフィルラ 重力制御クラスター
超時空制御系:ウォーケル・カタフィルラ フォールド機関クラスター
噴射推進系:(メイン)ウォーケル・カタフィルラ マクロノズルクラスター(バーニア)ウォーケル・カタフィルラ バーニアノズルクラスター
搭載火器:誘導収束ビーム砲、対艦対空ミサイルランチャーなど多数装備
搭載機:リガード、空戦ポッド、ケルカリアなど機動兵器多数
建造:ウォーケル・カタフィルラ第755819全自動兵器廠惑星
3000m級 艦隊指揮用戦艦(Queadol-Magdomilla)
分岐艦隊より小規模な、師団級艦隊向けの旗艦用戦艦。艦体前半部が分離し、大気圏内に突入する突撃艦的な性格をもつ。ただしこの分離機構のため構造が複雑化し、頑強さに欠けるとの指摘もある。TVシリーズではケアドウル・マグドミラ10107(X X VII)・通称「カムジン艦」が最初に登場、後に同型のラプ・ラミズの直衛艦隊旗艦も登場している。
全長:約3000m
運用慣性重量:103,000,000t
動力系:ヴェルケル・ケッテレル ヒートパイル機関クラスター
重力制御系:ヴェルケル・ケッテレル 重力制御クラスター
超時空制御系:ヴェルロア・グザ フォールド機関クラスター
本艦噴射推進系:(メイン)ヴェルケル・ケッテレル マクロノズルクラスター(バーニア)ヴェルケル・ケッテレル バーニアノズルクラスター
惑星突入艦推進系:(メイン)ケルシェ・ヴザール マクロノズルクラスター(バーニア)ケルシェ・ヴザール バーニアノズルクラスター
搭載火器:誘導収束ビーム砲、対艦対空ミサイルランチャーなど多数装備
搭載機:グラージ、クァドラン・ロー、ヌージャデル・ガー、リガード、空戦ポッドなど機動兵器多数
建造:ヴェルケル・ケッテレル第49377325全自動兵器廠惑星
3000m級 惑星揚陸強襲艦(Quiltra-Queleual)
現実世界の水上艦でいう空母・強襲揚陸艦に相当する、特に多数の小型艇や戦闘ポッドを搭載する機動兵器母艦。銀河帝国分裂戦争初期から多数が配備されているキルトラ・ケルエール級は、火力は弱いものの装甲の頑強さが高く評価され「ゼントラーディ屈指の名鑑」とまで言われている。
全長:約3000m
運用慣性重量:150,000,000t
動力系:ウォーケリ・カタフィルラ ヒートパイル機関クラスター
重力制御系:ケルシェ・ヴザール 重力制御クラスター
超時空制御系:ウォーケリ・カタフィルラ フォールド機関クラスター
噴射推進系:(メイン)ウォーケル・カタフィルラ マクロノズルクラスター(バーニア)ウォーケル・カタフィルラ バーニアノズルクラスター
搭載火器:誘導収束ビーム砲×17、対艦対空ミサイルランチャー×96
搭載機:ヌージャデル・ガー、リガード、空戦ポッドなど機動兵器多数
建造:スポルトラ・シフド第18899550全自動兵器廠惑星
2000m級 標準戦艦(Thuverl-Salan)
ゼントラーディ軍の中核となる主力艦。スヴァール・サラン級は銀河帝国が分裂する以前からの長命なクラスで、多数の全自動兵器廠での建造が続けられ、配備数も最多である。
全長:約2000m
運用慣性重量39,500,000t
動力系:ゲテルマキュラ・ゾリア ヒートパイル機関クラスター
重力制御系:ゲテルマキュラ・ゾリア 重力制御クラスター
超時空制御系:シク・テルナケラ フォールド機関クラスター
噴射推進系:(メイン)ウォーケル・カタフィルラ マクロノズルクラスター(バーニア)ウォーケル・カタフィルラ バーニアノズルクラスター
搭載火器:誘導収束ビーム砲、対艦対空ミサイルランチャー多数
搭載機:ヌージャデル・ガー、リガード、空戦ポッドなど機動兵器多数
建造:ゲテルマキュラ・ゾリア第4146163?53717550全自動兵器廠惑星
1500m級 中型砲艦(輸出版『マクロス』ではQuiltra-Quelamitz、『Robotech』ファンサイトによる非公式設定ではRineunadou-Lojmeuean)
マクロスのもととなった、監察軍の砲艦(地球側コードナンバー・ASS-1)に匹敵するクラスで、現実世界の水上艦の分類でいうモニター艦に相当するもの。艦体の前半分以上が上下に分割・展開し、マクロスの主砲に匹敵する強力なビームを発射する。
TVシリーズではボドル基幹艦隊と共に初登場、他クラスの戦艦と共に地球を壊滅に追いやった。最後にカムジンが修復し、マクロスシティを強襲するのに使ったのもこのクラスである。
劇場版では標準戦艦と機能が統合され、全主力艦に大型ビーム発射機能が追加され、ブリタイ艦までもが長大な艦体を上下に分割しビームを放っている。
500m級 斥候艦(Robotechファンサイトによる非公式設定ではTou-Redir)
艦隊前衛で露払いを勤めるピケット艦。劇中ではブービートラップとして目覚めたマクロスや、反応弾の攻撃を真っ先に受けて轟沈している。
小型連絡艇
超大型母艦の館内の移動や、艦同士の間の連絡・移動などに用いられる小型艇。前述のようにフォールド航法が使えない「ポッド」ではなく「艇」に分類されているので、本艇も(ゼントラーディの基準としては)小型ながらフォールド航法が可能であるのかもしれない。

2009年02月04日

藤原(ふじわら)氏は、日本の古代から近世までの貴族

藤原(ふじわら)氏は、日本の古代から近世までの貴族。天児屋命を祖と伝える。
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平安時代は、本姓の藤原を称するが、鎌倉時代以降は、姓の藤原ではなく、家名(苗字に相当)である近衛、鷹司、九条、二条、一条などを名のり、公式文書以外では藤原とは名のらない。

中臣鎌足が大化の改新の功により天智天皇より賜った「藤原」を氏・本姓とする氏族である。源・平・藤・橘のいわゆる四姓の一つであり、藤原氏はその筆頭名門氏族であり、藤氏(とうし)とも略称した。

藤原の姓は当初は死を目前とした鎌足に与えられ、鎌足の死後、中臣氏を率いた右大臣中臣金が壬申の乱で処刑された事もあって、乱とは無関係の鎌足流も一時衰亡の危機を迎えた。その後、天武天皇の時代に八色の姓が定められた折に藤原朝臣の範囲を定めたが、その際不比等がまだ若かった事もあって鎌足の従兄弟で娘婿でもあった中臣意美麻呂が不比等が成長するまでの中継ぎとして暫定的に氏上となったらしく、それ以外の成員にも不比等が成長するまで暫定的に藤原朝臣が与えられた。そのため、後に不比等が成長し頭角を現すと、藤原氏が太政官を中臣氏が神祇官を領掌する体制とするために、鎌足嫡男の不比等以外は元の中臣姓に戻された。(なお、意美麻呂は中臣姓に復帰後に不比等の推薦で中納言となり、その七男の清麻呂は右大臣まで昇ったため、以後はこの子孫が中臣氏の嫡流とされて特に「大中臣朝臣」と称されるようになった)。

藤原不比等
鎌足の後継者として認められた藤原不比等は下毛野古麻呂らとともに大宝律令を編纂して律令制度の確立に貢献、娘の宮子を文武天皇の後宮に入れる。首皇子(後の聖武天皇)が生まれると、娘藤原光明子(後の光明皇后)を後宮に入れた。なお、『興福寺縁起』には不比等の出生につき「公避くる所の事有り」とあり、大鏡、公卿補任、尊卑分脈には明記され、天智天皇の御落胤であるとする。

藤原氏四家
不比等の死後、首皇子が皇位に就くと、不比等の4人の男子(藤原四兄弟)と長屋王ら反対派の対立が深まっていった。729年に長屋王の変が起こり長屋王は自害するが、これは四兄弟が自分達の異母妹で天皇の妃である藤原光明子を史上初の皇族以外出自の皇后に立てるため、それに反対する長屋王を讒言により陥れた陰謀事件であったといわれている。ただし、聖武天皇にとっても母方の実家である藤原氏の地位向上は自己の権威付けには都合が良く、光明子の皇后擁立はその路線上にあったと考えることも可能である。

その後、藤原四兄弟は南・北・式・京の4家に分かれそれぞれ藤原四家の祖となった。731年役人達の投票によって、四兄弟全員が議政官に昇った。これは藤原氏が単に後宮政策のみならず、不比等以来律令編纂に関わってきた実績をもって官僚組織を掌握していった事の証でもあった。

737年に天然痘の大流行で藤原四兄弟が相次いで病死すると、橘諸兄、僧玄昉、吉備真備らが藤原氏の突出を抑えようと努めるが、藤原仲麻呂により抑えられる。その後も橘奈良麻呂が仲麻呂排斥クーデターを起すが失敗する。

初めはこの内の京家は振るわずに他の3家が争いつつ朝廷の廟堂に参画する。一時期においては南家や式家が栄えた時期もあったが、政争や一族の反乱で平安時代前期には衰退し、代わって最も栄えたのは北家である。

なお、藤原氏の嫡流については、不比等の長男・藤原武智麻呂を祖とする藤原南家説と兄よりも出世が早かった次男・藤原房前を祖とする藤原北家説の両説があるが、房前が生前元明天皇や聖武天皇の信任厚く特に祖父・鎌足と同じ内臣の地位が与えられたのは事実であるが、当時の慣習として高官の嫡男が父親の存命中に高位に昇る事が憚られていた事を考えると、当初は南家が藤原氏の嫡流であったと考えるのが妥当とされている。

藤原氏北家と摂関政治
その後4家は盛衰し、平安時代中期から北家のみが栄えた。藤原冬嗣の子藤原良房は清和天皇の外戚となり人臣で初めての摂政となった。そして皇室と姻戚関係を結ぶことにより他氏を排斥し権力を増強する路線は良房の養子藤原基経に引き継がれ陽成天皇の外戚として幼帝の摂政、成人してからは関白を務め、さらに10世紀の安和の変で藤原北家による他氏排斥が完了すると、藤原道長・頼通父子が摂関政治の最盛期を極めた。

平安時代後期になると藤原氏と姻戚関係を持たない上皇による院政がはじまり、さらに源平両氏の武家政権と移行するにつれ藤原氏の権勢は後退したが、その後も江戸時代末期に至るまで摂政関白は(豊臣氏を除き)藤原北家のこの系統に限られていくようになる。藤原北家以外で関白となったのは豊臣秀次ただ一人(秀吉は藤原秀吉として任官)であり、五摂家以外からの摂政は例がない。

系譜
       藤原鎌足
  ┃
       ┏━━━━╋━━━━┳━━━━┳━━━━┳━━━━┓
       定恵   不比等   氷上娘  五百重娘 耳面刀自 斗売娘
          ┃
  ┏━━━━╋━━━━┳━━━━┳━━━━┳━━━━┳━━━━┳━━━━┓
  武智麻呂   房前    宇合    麻呂    宮子   長娥子   光明子   多比能
  ┃   ┃   ┃     ┃
  藤原南家 藤原北家 藤原式家 藤原京家

姓から家名へ
鎌倉時代に入ると藤原氏の嫡流は近衛家・鷹司家・九条家・二条家・一条家の五摂家に分立し、五摂家が交代で摂政・関白を独占し続け公家社会においては一定の影響力を持ち続けるが、政治の中枢とは隔絶し明治に至る。

五摂家以外にも、三条家・西園寺家・閑院家・花山院家・御子左家・四条家・勧修寺家・日野家・中御門家など数多くの多くの支流・庶流がある。

公家の他に、北家の藤原道兼の子孫の宇都宮氏流や、同じく北家の藤原長家の子孫の那須氏流、同じく北家の藤原房前の子の藤原魚名の子孫の藤原利仁、藤原秀郷からは、多くの武家も輩出した。

現代の藤原(氏)
公卿や大名の藤原氏には、「藤原」という家名や苗字はない。現代の藤原家は、かつての姓ではなく苗字であり、歴史に登場する藤原氏とはまず関係がない。藤原氏一門なら近衛や九条のような藤原氏の家名の苗字となる。もっとも、苗字としての「藤原」氏は江戸時代以前にも武士などに散見される[要出典]。また、藤原純友一門などは、家来も主を慕って名を冠することがあったようだ[要出典]。現在の研究では、庶民の苗字は明治初めにもともと先祖伝来のものを戸籍に載せた場合が多いとされる[要出典]が、記録が伝わらないのでその正確な由来を尋ねることは不可能である。

2009年01月21日

炭素繊維(たんそせんい、英: Carbon fiber)

炭素繊維(たんそせんい、英: Carbon fiber)とは、アクリル繊維またはピッチ(石油、石炭、コールタールなどの副生成物)を原料に高温で炭化して作った繊維。アクリル繊維を使った炭素繊維はPAN(Polyacrylonitrile)、ピッチを使った炭素繊維はPITCHと区分される。

最先端の素材として知名度が高いことから、たとえ副次的な要素であったとしても炭素繊維が使われている商品には「カーボン(Carbon)」と表記されていることが多い。

1961年 通商産業省工業技術院大阪工業試験所(現産業技術総合研究所)の進藤昭男博士がPAN系炭素繊維を発明した。また、1967年に、世界で初めて、金属よりも丈夫な炭素繊維の製法を実現した。

進藤博士は多くの企業に技術移転をしたため急激に広まり、1970年代以降、優れた強度を持つ特性から強化プラスチックの補強材や複合材料の素材として使われ始めるようになる。

1980年代以降、製造コストの低減や加工方法の進歩が見られ、ロケットや航空機などの大型輸送機器からテニスラケットや釣り竿、白杖など身近な道具、さらには剣道の竹刀や弓道の弓など武道の分野にまで応用の幅を広げた。
ユーロ ドラゴン セカンド ナビラッコ バリヤ サーチ天延 セスカーナ ユッカ 京いも パレス レオタガ オマーン フライト リポジ ピンク チャコール サドルシ ライト じゃじゃん シキミ エッジ カチュ クロロ 学園天国 ソワレ ダイレーザ ハンサム シート ニアピン ロハス ラナン ソコン かすかわ 星のフラ シューズ フーズ トレーサー ターピース ルカラー 天羽 シャープ パオトウ くずまき マミー スウェ フォトカ そけい メトニミ フランス スリーエム

2006年炭素繊維を機体の大部分に利用する世界初の旅客機開発のため、東レがボーイングと7000億円の炭素繊維を供給する大型の契約を締結し、注目を集めた。

特徴
耐摩耗性、耐熱性、熱伸縮性、耐酸性、電気伝導性、耐引張力に優れ、アルミニウムなどの軽い金属に比べてもさらに軽量である。短所としては難加工性、製造コストの高さ、リサイクルの難しさが挙げられる。また趣味の分野においては、他の素材にみられない質感や独特の模様、機能から炭素繊維を特別視する消費者も少なからず存在する。

メーカー
日本発の技術であり、現在でも世界市場に占める日本企業製品のシェアは非常に高い。

PAN系メーカー:
東レ
東邦テナックス
三菱レイヨン
PITCH系メーカー:
三菱化学産資
クレハ
大阪ガスケミカル
日本グラファイトファイバー